鹿児島到着翌日
チェリーサウンドは、
25日のお昼頃、兵庫県の西脇競走馬休養センターを出発し
その日の夜10時頃鹿児島のホーストラストに到着しました。
仲介をいただいている引退馬ネットの方からのご報告を受けてほっと一安心。
「様子はどうですか?と聞いたら、暗いから分からないって」
そうでしょう!あの広大な敷地は本当に山の中。
夜の灯りがほとんどなさそうです。
福山競馬場から、2週間の間に3度目の引越しです。
「私はどうなるんだろう?」と不安な日々で可哀想な事をしてしまいましたが、
もう、お引越しはないんだよ!
ここで、環境に慣れるのも一苦労。
完全に保護管理された競馬場の施設から、馬房のない野外での暮らしが始まります。
翌日、友人のあおやぎさんが偶然にもホーストラストを訪問され、
到着翌日のチェリーサウンドに会って来て下さいました。

新しいチェリーの家(photo by あおやぎさん)

まだまだ落ち着かないチェリーと、一緒に来たバッキンガム
(photo by あおやぎさん)
「ねえねえ、誰かきたぁ〜!」(チェリー)
バッキンガムくんは、22歳の外産の大きな乗用馬。
現在は小さいチェリーの頼もしいじいやです
25日のお昼頃、兵庫県の西脇競走馬休養センターを出発し
その日の夜10時頃鹿児島のホーストラストに到着しました。
仲介をいただいている引退馬ネットの方からのご報告を受けてほっと一安心。
「様子はどうですか?と聞いたら、暗いから分からないって」
そうでしょう!あの広大な敷地は本当に山の中。
夜の灯りがほとんどなさそうです。
福山競馬場から、2週間の間に3度目の引越しです。
「私はどうなるんだろう?」と不安な日々で可哀想な事をしてしまいましたが、
もう、お引越しはないんだよ!
ここで、環境に慣れるのも一苦労。
完全に保護管理された競馬場の施設から、馬房のない野外での暮らしが始まります。
翌日、友人のあおやぎさんが偶然にもホーストラストを訪問され、
到着翌日のチェリーサウンドに会って来て下さいました。

新しいチェリーの家(photo by あおやぎさん)

まだまだ落ち着かないチェリーと、一緒に来たバッキンガム
(photo by あおやぎさん)
「ねえねえ、誰かきたぁ〜!」(チェリー)
バッキンガムくんは、22歳の外産の大きな乗用馬。
現在は小さいチェリーの頼もしいじいやです

生まれた所と、おかーさんとお兄ちゃん
私は、北海道の門別駅の近くの坂田牧場というところで生まれました。
お母さんは、泥遊びの大好きな馬でした。
私はお父さんの最初の子供で、お母さんの最後の子供です。
今度おかーさんになった人とは、西脇の競走馬休養センターというところで初めて会いました。
でも、おかーさんはずっと私の事を知っていたみたいでした。
どうしてかというと、私の2歳年上のお兄ちゃんのおかーさんだからです。
私が生まれた時にはとっくによその牧場でお勉強してたので、
一緒に遊んだことはありません。
おかーさんは私を一目見て「お兄ちゃんそっくりだねー」と言いました。
これがお兄ちゃんです。

(兄 5歳時)
私と似てますか?
でも、お父さんの方が似てるんだって!
お父さんの写真はないので比べられないんです。
お母さんは、泥遊びの大好きな馬でした。
私はお父さんの最初の子供で、お母さんの最後の子供です。
今度おかーさんになった人とは、西脇の競走馬休養センターというところで初めて会いました。
でも、おかーさんはずっと私の事を知っていたみたいでした。
どうしてかというと、私の2歳年上のお兄ちゃんのおかーさんだからです。
私が生まれた時にはとっくによその牧場でお勉強してたので、
一緒に遊んだことはありません。
おかーさんは私を一目見て「お兄ちゃんそっくりだねー」と言いました。
これがお兄ちゃんです。

(兄 5歳時)
私と似てますか?
でも、お父さんの方が似てるんだって!
お父さんの写真はないので比べられないんです。
はじめまして。チェリーサウンドです。

(3/17 西脇競走馬休養センターにて)
父 :ステイゴールド
母 :サタントウショウ(母の父:スルーザドラゴン)
生年月日:2003年5月13日
性別 :牝
毛色 :青鹿毛
生産 :門別)坂田牧場
名前の意味:冠名+音。大声援が届く競走馬になる事を祈って
デビュー:2005年11月5日 京都3R 2歳新馬 芝1600m
引退 :2008年 3月9日 福山8R C22 ダ1600m
全成績 :36戦4勝 2着6回
私は、ステイゴールドお父さんの最初の年の子供として生まれました。
お父さんのファンの方には「お父さんそっくり」と言われています。
トウショウレオっていう、すごい伯父さんがいて、
親戚には、トウショウボーイというびっくりするようなすごい馬もいます。
中央競馬でデビューしたのですが、頑張ったけれど5着が一番良い成績でした。
「もうここにはいられませんよ」と言われて、
兵庫県競馬の西脇馬事公苑というところに行きました。
そこでは、ものすごく一生懸命走る真面目な女の子とほめてもらって4回も勝ちました。
でも、一生懸命走り過ぎて膝を痛めてしまいました。
そのせいで、あんまり成績が良くなくなってしまって
福山競馬へ売却されました。
福山では、脚が悪かったのと馬場が私には合わないのとで、
あんまり一生懸命走れませんでした。
なんとか調子を良くしてあげようって、体中ちくちくしてもらったのですが
もっと身体がしんどくなってしまいました。
ごはんを食べてもどんどんやせてしまって、お尻のお肉が落ちてしまいました。
最後のレースでは勝った馬がものすごく遠くにいました。
もうだめかなあって思っていたら、「もう走れないから仕方ないね」って
引退になりました。
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