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チェリーサウンドとの出会い~兵庫から福山へ

昨年、園田競馬場へは、10回ほど行っていました。
(実家があるため、帰省も兼ねていて
 連日行く事もあったので、日数ではもっとありました)
ただ、チェリーのレースを見たい見たいと思いながら、
実際に見る事ができたのは1、2度でした。

残念ながら見る事はできなかったのですが、
園田では兄とも同じレースで走る事がありました。
誰も気付かなかっただろうと思いますが、
大分下のクラスだったはずのチェリーが、成績が良くどんどんクラスが上がって来て
いつのまにか成績の停滞している兄のいるクラスに追いついてしまったのです。

世の中は、インフルエンザが大蔓延で大騒ぎでした。
そのレースも陽性反応の馬が4頭も取り消した6頭立て。
翌日からは園田競馬も開催を中止しました。
やる気満々のチェリーと、常にマイペースな兄。
力の差は歴然で(しかも、兄は軽度の骨折をしていたことを、後で知りました)
チェリーが勝ち、兄はビリでした。
でも、成績はなにより、
少頭数ですぐ間近に兄と妹のいるパドックをテレビ中継で見ながら
この兄妹の初対面かもしれない場面に、少し胸が熱くなりました。
(実際には、西脇からの馬運車の中で会っていた可能性はありますが。)

園田競馬の馬場は合っているのか、
チェリーは順調に少しずつクラスが上がっているように見えていました。
ところが11月の半ば、突然福山へ転厩。
成績だけを見れば、確かに2戦ほど着外でしたが、
まだ頭打ちというほどのものでもなかったので、
どうしてだろうと思っていました。
でも、馬主さんが変わっていたので売却されたのだと分かりました。
もう既にかなり情がうつっていた私は、
もし、売却される事を知っていたらチェリーを購入したのに、と
内心、そのチャンスを逃した事にがっかりしました。

でも、実はその頃既に膝は大分悪化していたと、
後に西脇で事情を知る方に聞いたのでした。
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チェリーサウンドとの出会い~兵庫県競馬と生産牧場さん

チェリーサウンドが最後に中央のレースを走った後、登録を抹消される前に
兄が84戦目にしてようやく初勝利を挙げました。
実は、ずっとずっと牧場さんに「大事に走らせています」
報告したかったのですが、
1勝もさせてあげられずにいて、なかなか連絡をとれずにいました。
なので、ようやく初勝利をあげてくれた後、やっと口取り写真を添えて
ご報告をする事が出来ました。

牧場さんは、とても喜んでくださり、大量のお礼までいただいてしまいました。
逆に申し訳なくてお礼が言いたくなって、
直接お電話を差し上げた所、兄の子供の頃の話など色々してくださいました。
その時に、気になっていた(既にその頃はチェリーは抹消されていました)
チェリーはどうなのだろうとうかがったところ、
「少し休養をして兵庫で走るようですよ」
教えてくださいました。
ちなみに、その時、もうチェリーとその兄の母、サタントウショウがいないことを
知ったのでした。
母馬はいないけれど、どうぞ遊びに来てくださいと言っていただきました。

その頃、我が家には兵庫の西脇所属で走っている女の子、
通称「ふしぎちゃん」という馬がいました。
(ふしぎちゃんについては、リンクのHP「ふしぎちゃんのあしあと」をご覧下さい)
同じ西脇に来ないかなぁ!
近くの厩舎なら、直接チェリーを見る事も出来るなぁと、楽しみに待っていた所、
偶然にも同じ西脇の厩舎!
ただ、残念ながら場所が離れていてあまり厩舎ともお付き合いがないそうでした。

唯一の接点は、「ふしぎちゃん」と同じ騎手が調教やレースに乗っていた事でした。
たまにお話しする我が家の主戦でもある騎手は、
「と~~~~~っても真面目なんですよ」
と、チェリーのことを大変ほめておられました。
その騎手が、チェリーの初勝利の鞍上でした。

真面目なチェリーは、レースでとても一生懸命走りました。
騎手の鞭に応えて、地方競馬では不利と言われる後方から
ぐいぐい追い上げる派手なレースっぷりでした。

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「2007/2/22 園田8R」(photo by Gさん)

チェリーサウンドとの出会い~中央から兵庫へ

私がチェリーサウンドという馬の存在を知ったのは、
今から3年程前だったでしょうか。
チェリーが明け3歳になるかならないかの頃のことでした。

その1年程前に、引退後引き取るつもりでいた馬が
なぜか現役のまま、我が家の競走馬としてやってきていました。
チェリーの2歳上の兄です。
兄も中央競馬では苦戦の後に未勝利で引退してしまったので
インターネットで兄の牧場や血統について調べていて、妹の存在を知った時には、
なんとか1勝を!と願って応援していました。
この兄弟には、中央1勝どころか、地方でも勝ち星がありませんでした。
親族はとても華やかに重賞馬などがいた中で、地味な兄弟達でした。

チェリーは中央では栗東所属だったので、
関東に住む私はレースを見に行く事は出来ませんでしたが、
競馬中継でこの子の姿を見てびっくり。
身体は小さかったですが、とても兄に似ていて体型もそっくりでした。
父が違うのに、こんなに兄妹って似るものなのだなぁと思った事を覚えています。
ただ、既にもう中央競馬を見なくなって久しかったので、
実はチェリーの父ステイゴールドの姿や顔はよく知りませんでした。
引き取った後に友人から「お父さんにもそっくりだよー」と聞いて
ネットで父の顔を探してみたら、確かに!顔は兄以上に父にとても似ていました。

結局チェリーは、中央競馬では入着が精一杯。
未勝利戦がなくなる頃、中央競馬の登録は抹消され、兵庫へ移籍しました。

引き取ってから、お願いして福山競馬の調教師さんに血統書をいただいたのですが、
血統書にはある印がありました。

中央競馬から地方競馬に移籍する馬には2種類あって、
「1勝した後に再度中央所属に戻る」という条件で抹消されるか、
「抹消したらもう中央には戻れない」という条件で抹消されるかというものです。
「もう戻れない」条件の場合は、中央抹消時の見舞金が高くなります。
可能性が低いと思われる馬は、残念ながら戻れない条件での抹消になり、
チェリーも、「抹消したらもう中央には戻れない」という条件の印である、
「再登録不可」のはんこが押されていたのでした。
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